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アラスカ大自然の旅 --- デナリ国立公園、アラスカ鉄道、デナリ(マッキンリー山)遊覧飛行、
             カトマイ国立公園でグリズリーベアの観察、キーナイ・フィヨルド国立公園
             氷河クルーズ
、各地でフラワートレッキング


 世界にはぜひ訪ねたい歴史景観や、まだ見ない自然景観が、数多くある。その1つがアラスカである。アラスカの自然の素晴らしさはいろいろな機会に紹介されている。アメリカ本土(という表現は適切でない、旧48州とでもいうべきか)の自然も雄大で素晴らしかったが、アラスカには特別の憧憬を抱く。それにはいくつか訳がありそうである。

①かつて先住民の国であったアラスカは、19世紀に帝政ロシアからアメリカに僅か720万ドル
  で買い 取られた後に、金や石油が発見されたという意外性

②北アメリカ最高峰デナリ(旧名マッキンリー山、6190m)は、それ自身山屋さんには関心が
  ある上に、1984年に最初の冬季単独登頂に成功した後、消息を絶った植村直己のことが
  日本人には忘れがたい

③遡上するサーモンを捕獲するグリズリーベアの写真はよく見かけるが、アメリカにおける
  自然保護の一例としてグリズリーベア管理状況を見てみたい

④海に崩落する氷河の光景はパタゴニアなどでも見られるが、アラスカの氷河と海洋動物の
  生態を、クルーズ船から眺めてみたい。

⑤北極圏に近く緯度が高いアラスカでは日本やアルプスのいわゆる「高山植物」が平地で見
  られる。2万年前の氷期には日本と地続きだったアラスカには日本の高山と同種の植物が
  多く見られるはずである。

このようなことが、私をアラスカ旅行に駆り立てるのであろう。

 81歳という年齢を考えると、余裕はない。ユーラシア旅行社が開催するツアーに参加して、
待望のアラスカ8日間の旅に出かけた。                      (2017年7月)


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 現地語の日本語表記にはいつも悩むところです。「vi」には「ヴィ」を用いましたが、
 慣用的には「ビ
も用いました。原則的には「地球の歩き方」の表示に準拠しました。
A
    デナリ(6190m、旧名マッキンリー山)
北アメリカ最高峰。1897年当時の合衆国大統領ウイリアム・マッキンリーに因みマッキンリー山と命名された。「デナリ」は、先住民デナッイア族の言葉で「偉大なるもの」を意味する。1913年米ハドソン・スタックらにより初登頂。1984年植村直己が初の冬季単独登頂後に遭難。 
 
 
 
 
 
 

アラスカ旅行・全体地図
今回の旅行はアラスカ南部に当る。赤い線はGPSによる軌跡である。
数字は宿泊地(①②グランデデナリ・ロッジ、③アラスカン・ロッジ、④⑤⑥イン&スイーツ・アンカレッジ、⑦シアトル・成田間の機中泊)


アラスカ州の概要
項目  内容
州名の由来 「アラスカ」の名は、ロシア植民地時代から使用され、アレウト語の「半島」を意味する Alakshakによる。
アレウト語の「認められた土地半島」を意味する Alyeskaによるという説もある。
地理 陸地面積は152万km2で、米国の州の中で最大。第2位のテキサス州の2倍以上ある。
アリューシャン列島は、300以上の小さな火山が連なり、全長1900km。日付変更線が列島を横切っているが、
ハワイ・アリューシャン列島標準時を採用している。夏時間中は日本から17時間遅れ。
人口 2010年の国勢調査によると、710,231人で10年間に約13%増加した。
人種 非ヒスパニック白人:64.7%、アメリカインディアンとアラスカ先住民:14.8%、ヒスパニック:5.5%、
アジア系:5.4%、アフリカ系3.3%、ハワイ先住民と太平洋諸島系:1.0%、その他1.6%、混血:7.3%
言語 5歳以上の人口で、家庭で英語のみ話す:84.5%、スペイン語:3.5%、アジア系言語:4.3%、
その他のインド・ヨーロッパ系言語:2.2%、その他:5.3%
州人口の5.2%は「先住民族語といわれる22の言語の1つを話す。
気候 別途,ケッペンの気候区分に示すとおりである。
経済 アラスカ州の2007年度州内総生産は449億ドルで国内45位、1人当り所得は40,042ドルで国内第15位。
経済は石油・ガス産業が支配的で、州歳入の80%以上を占める。石油・ガスを除く主な輸出品は海産物で
サケ、タラ、カニが多い。
農業の占める比率は小さい。農産物は主に州内消費用である。サービス産業や観光産業も成長しつつある。
原油生産は国内第2位の州である。川が多いので国内で最大級の水力発電を生み出す可能性がある。
海岸線では風力発電や地熱発電の可能性も高いが、送電距離が長く、経済的に成り立たない。
州の花 ワスレナグサ(Alpine Forget-me-not)。1917年準州議会で採用された。


アラスカ州の略歴史年表
項目  内容
先史時代の南北アメリカ 20万年前にアフリカで生まれた現生人類の共通祖先の中の一集団が、10万年前に西アジアに入り、ユーラシア大陸全域に広がっていった。氷期で海面水位が低く地続きだったベーリング海峡を徒歩で渡り、1万4千年前頃には「新大陸」に渡り、およそ1000年ほどで南アメリカ大陸南端に至った。
ロシア領アラスカ 1741年ロシア海軍の聖ピョートル号に乗ったベーリングらは、アラスカを「発見」した。
アザラシやラッコの毛皮の交易は輸送経費が」掛かるためうまく行かなかった。

1778年に「北西航路」を探索途上にあったジェームス・クック(いわゆるキャプテン・クック)は、カリフォルニア州からベーリング海峡までの地図を製作したが、ベーリング海峡を通り抜けるのは難しいことが分った。

1791年スペイン国王はアレキサンドロ・マラスピナに「北西航路」を調査するよう命じたが、重い負担になり、1819年にすべて引き揚げた。
19世紀のアラスカ ロシア国内の財政事情の悪化などがロシアをアラスカ売却に駆り立てた。1868年アメリカ国務長官ウィリアム・H・スワードが720万ドル(現在の100億円程度)でアラスカを購入した。この買収は、「スワードの愚行、「スワードの冷蔵庫」といわれたが、後に金が発見されて、この買収が無駄でないことが分った。
20世紀以降のアラスカ 1899年にアラスカで金が発見されゴールドラッシュが起こった。1902年にアラスカ鉄道の建設が始まった。1920年、連邦議会がアラスカ準州を承認した。

第二次世界大戦中、アリューシャン列島の3つの島アッツ島、アガッツ島、キスカ島はアメリカが敵に占領を許した数少ない領土である。一旦占領したアッツ島は1943年5月、アメリカ軍の反撃の前に玉砕した。日本の戦死2638名、アメリカの戦死約600名という。

1959年にアメリカ49番目の州に昇格。
1964年3月27日、マグニチュード9.4のアラスカ地震がアラスカ南部の中央部を襲った。死者131人。

1968年アメリカの石油会社ARCO が北極海沿岸のプルドー・ベイで石油を発見した。同国最大の油田であり、アンカレッジから650マイル、北極点から1200マイルのところにある。採掘開始は1977年。北極海が凍ってしまうので南部のアンカレッジ付近まで原油を輸送するパイプラインを1977年に完成。パイプラインは生態系保護、永久凍土の保護のために地表から浮かして通っている。


アラスカのケッペンの気候区分
A
ケッペンの気候区分とは
ドイツの気候学者ウラジミール・ペーター・ケッペンが、植生分布に注目して1923年に考案した気候区分である。

分類基準が明確
 
気候型を区分するには各月毎の
 平均気温と降水量のデータがあ
 ればよい
植生、風土の特徴を反映してい
 るなど扱い易い上に有用な分類法
 である

現在でも気候・産業・文化・農業を論ずる上で欠かすことができない。ただし、簡便であるが故に大雑把過ぎる分類になってしまう点は短所でもある
アラスカの気候区分凡例
 西岸海洋性気候
 亜寒帯気候
         又は針葉樹林気候
 亜寒帯冬季少雨
          気候
 亜寒帯湿潤気候
 亜寒帯湿潤気候
 寒帯ツンドラ気候
凡例



1日目
(7月7日)
 成田空港シアトル空港アンカレッジ空港グランデデナリ・ロッジ(泊)

成田をデルタ航空DL166便(ボーイング767機)で出発。 シアトルでアンカレッジ行きデルタ航空DL2855便(ボーイング737機)に乗り換えて、アンカレッジ空港へ。アンカレッジからバスでデナリ国立公園内の「グランデデナリ・ロッジ」

成田空港からシアトルで乗り継ぎ、アンカレッジ空港へ

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成田空港搭乗ゲート
成田空港で、デルタ航空のB747ジャンボを見つけた。日本の航空会社はとっくにジャンボを廃止したが、世界ではまだまだ飛んでいる。 成田からアリューシャン列島をかすめる大圏コースでシアトルへ
 

A
シアトルからアンカレッジへは往路の3分の1を戻ることになる。
アンカレッジは、かつて欧州や北米に行くには必ず通る空港であった
アンカレッジ空港からデナリ国立公園の入口にある
グランデデナリ・ロッジに向かう


アンカレッジ
は、かつて欧州や北米に行くときに必ず通る乗継ぎの空港であった。当時は航空機の航続距離が短かったため、日本からニューヨークへは直行できず、どこかで給油中継しなければならなかった。そのため大圏コースに近いアンカレッジが中継地に選ばれたのである。またその頃はソ連が上空を飛行させなかったので、日本から欧州に行くにはアンカレッジで給油し北極を通過するのが最短コースであった。

航空機の航続距離延長と冷戦終結によるソ連領空の飛行可能により、1991にアンカレッジ経由の定期便は廃止された。1968年に欧州で開催された国際会議に参加するため、アンカレッジ経由北極ルートを利用した私にとって懐かしい空港である。
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「藻谷浩介の世界」より 



アンカレッジ空港からグランデデナリ・ホテルへ

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アンカレッジ空港から専用車でデナリ国立公園に向かう 道の両側はタイガの森や草原になり、極北の地に来たことが実感される

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途中でスーパーマーケットでトイレ休憩 旅行中のビタミン補給のため果物を購入

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マッキンリー展望ロッジに立ち寄る。天候がよければデナリが望めるという 生憎の曇天

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グランデデナリ・ホテルへに到着 ホテルのロビー

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ホテルのロビーから「来し方」を眺める
 
 
客室で就寝前に外を見ると、午後10時30分なのにまだ陽がさしている。
この付近は北緯63度45分、北極圏(北緯66度33分以北)ではないが、
ほとんど白夜である。



2日目
(7月8日)
 グランデデナリ・ロッジデナリ国立公園バスツアー
   →
カンティシュナ(砂金採り体験)公園バスグランデデナリ・ロッジ
(泊)

今日は、グランデデナリ・ロッジを出発して、デナリ国立公園内の混載バスに乗り、公園最奥地のカンティシュナまで往復する。途中の自然観察が楽しみである。

2日目のGPS軌跡

ロッジからアイルソン・ビジターセンタまで

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朝8:20にロッジを出発
 
ロッジには星条旗とアラスカ州旗(北斗星と北極星) デナリ国立公園最奥地のカンティシュナまで行く混載バス
もちろん使用語は英語だが、添乗員が適当に翻訳してくれる

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大きな川に出たところでトイレ休憩、サーベージ川か SprucePicea、トウヒの仲間) ヤナギの仲間か

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酔っぱらいの森。地球温暖化によりツンドラの氷が溶けると木が傾いたり、倒れたりするという。
 
 
     グリズリーベア(ハイイログマ
北米に生息するクマ科の大型動物で、ヒグマの一亜種。雄の平均体重は260kg、雌は170kg
 ヤマアラシ(ネズミ目アメリカヤマアラシ科)
体長50cmほどで小さいが、バスのすぐ近くにいたので写真が撮れた
 

A A
サベージリバー・チェックステーション
ここでレインジャーのチェックを受ける
ライチョウ(キジ目ライチョウ科ライチョウ属)
アラスカのものは亜種の1つであろう。左は雄、右はメスと子か。アラスカの州鳥

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Alpine Forget-me-not
Myosotis alpestris、ワスレナグサ)
ワスレナグサはアラスカの州花
Bluebells
Mertensia paniculata、ブルーベル)
 
Shrubby Cinquefoil
Dasiphora fruticosa 、キンロバイ)
 

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ポリクロームパス(極彩色の峠)の岩石
5000万年前にできた地質で、黒はミネラル、赤は鉄分、
黄は石灰が含まれているという
Dwarf Fireweed
Chamaenerion latifolium、アカバナの仲間)
  

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駐車場から崖を登り、散策する

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峠の尾根筋に見られた「植被階状土」
植被階状土とは、土壌の凍結融解作用によって形成される構造土の一つである。
斜面上に発達した植生が凍結融解による礫の移動を制限し、階段状の地形が等高線に対し斜行する形で形成されたと思われる
Alpine Arnica
(Arnica angustifolia、
ウサギギクの近縁)

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パスから一瞬のチャンスに撮った北極ジリス ルピナスに隠れるオオカミ

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マイルソン・ビジターセンタ―
 
 
カリブーの角
トナカイ(偶蹄目シカ科トナカイ属)の中でも、
北アメリカで生息する個体は、カリブー(Caribou)と呼ばれる。

ビジターセンタ―の屋上からデナリが見えるはずだが、生憎の天候で・・・

パネルの写真を撮る



カンティシュナで砂金採り体験の後、ロッジに戻る

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デナリ国立公園の最奥地のカンティシュナに到着。カンティシュナ・ロードハウスで昼食。

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カンティシュナ・ロードハウスの前のドロヤナギの綿毛

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カンティシュナ裁判官事務所、1905年といえばゴールドラッシュに沸いた頃。 事務所の内部

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近くの川で砂金採りを体験
 
 
専用の皿に砂を入れて、水を入れて揺すると
比重の大きい砂金が残るという
 
10人で体験し、1人だけ砂金に恵まれた人がいた。記念に濾紙に包んでくれた。

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帰りのバスから、カリブの雌
 
 
カリブの雄
 
 
ブラック・ビルド・マグパイ
和名はアメリカカササギといい、50~60cmほどに
になる。黒・白・濃紺のコントラストが美しい。

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川の名は忘れたが、堤防のない自然の川である。 こんなところまでマウンテンバイクで来る人が。クマに遭ったらどうする?

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グランデデナリ・ロッジに戻り、近くのSALMON BAKEで夕食 メニューは、シーフードチャウダー、カレイなど。チョット大味だった。



3日目
(7月9日)
 グランデデナリ・ロッジホースシューレイク・トレイル
    
アラスカ鉄道(デナリパーク~タルキートナ)アラスカン・ロッジ
(泊)

今日は、グランデデナリ・ロッジを出発して、ホースシューレイク・トレイルをハイキングし、デナリ国立公園ビジターセンターを見学する。アラスカ鉄道のデナリパーク駅からタルキートナ駅まで、待望のアラスカ鉄道に乗る。宿はタルキートナのアラスカン・ロッジである。

3日目のGPS軌跡(全日) 3日目のGPS軌跡(午前中・拡大地図)
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ホースシューレイク・トレイル

ホースシューレイク・トレイルの入口にあった掲示板に、ちょっと手を加えたもの。この辺りにはいくつかのトレイルがある。

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「熊出没」の警告看板 トウヒの森 鳥の名は?

これが、ホースシューレイク(馬蹄形湖)

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Black-tipped Grounsel
Senecio lugens ) 
Siberian Aster
Eurybia sibirica、シオンの仲間)
Dwarf Dogwood
(Cornus canadensis、ゴゼンタチバナ) 

A A
Grass of Parnassus
Parnassia palustris、ウメバチソウ) 
Prickly Rose
Rosa acicularis、オオタカネイバラ) 
Shrubby Cinquefoil (Tundra Roseとも)
Dasiphora fruticosa、キンロバイ)

A A

 
Bluebells
Mertensia paniculata、ブルーベル)
Death Camas
(Zygadenus Elegan、 リシリソウ)

A A
Alpine Milk Vetch
Astragalus alpinus

 
Twin Flower
Linnaea borealis、リンネソウ

A A
Dwarf Fireweed
Epilobium latifolium、ヤナギラン)
Eskimo Potato
(Hedysarum alpinum、イワオウギの仲間)
花でなく葉だが・・・

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ホースシューレイクのトレイル入口から一番遠い所にビーバーダムが
あった。湖から小川が流れ出す
場所である。湖の水位を一定に保つ
ためにビーバーが作ったものだ!
ビーバーダムのところにあった掲示板
 
 

日本大百科全書から引用した「ビーバーダムとビーバーの巣」(赤字は私が加筆したもの)
要するに、ビーバーの巣の入口から外敵が侵入できず、かつ巣室が水没しないように
湖の下流側にビーバーダムをつくるのである。ビーバーは、ネズミ目ビーバー科ビーバー属。
ビーバーは「自分の生活のために周囲の環境を作り替える、人間以外の唯一の動物」であるといわれる。

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ビーバーは、大きく丈夫な歯を持ち、直径15cmの木をわずか10分で倒せる 付近に落ちていたのは、トウヒの球果だろうか



デナリパーク駅からデナリ国立公園ビジターセンターヘ

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ホースシューレイク・トレールから戻って、
駅までアラスカ鉄道の線路を歩く
デナリパーク駅(DENALI PARK DEPOT)
 
駅の乗車券発売所はCHECK-INという
 

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予定の列車には時間があったので、
近くのデナリ国立公園ビジターセンターを訪ねる
ビジターセンタには、カリブーの剥製など動植物の展示がある
 

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アラスカは中央にデナリ断層が走っており、
地層はそれに平行にできていることが分る
 
 
 
 
世界のプレートの地図があった。アラスカの南部には北米プレートに太平洋プレートが沈み込んだ結果、アリューシャン列島生まれた。1964年に発生したアラスカ地震はこの沈み込みによるもので、アメリカ合衆国地震観測史上最大規模となった。日本列島が、ユーラシアプレートと北米プレートに、太平洋プレートとフィリピン海プレートが沈み込みによって生まれたのと似ている。(図の中の赤字は私が加筆)

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アラスカは遠く離れたところで生まれた地層が集まっているらしい。(左)アンモナイトの化石 (中央)溶結凝灰岩は火山性の堆積岩、(右)流紋岩は火山岩の一種



アラスカ鉄道(デナリパーク駅~タルキートナ駅

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デナリパーク駅に列車が入ってきた。このアルミの箱は何だろう。 列車はディーゼルカーで、機関車は2連タンデムだ。

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先程の箱は車両に乗降するための階段だった デナリ-タルキートナ間で乗車したゴールドスターサービスクラスの乗車券

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我々の指定席は先頭の展望車車両、眺めは抜群 車両の後部にバーがあり、ソフトドリンクは無料、アルコールは1回無料

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発車して間もなく湿地帯もあるタイガの森の中を走る 道中見えた唯一の建物、ロッジだろうか

A
このナナ川は左(北)の方に流れており、
ユーコン川と合流してベーリング海に注ぐという
食堂車での昼食は、チーズバーガーとポテトチップ
サービスの白ワインを頂く

A
川の流れがなくなって、沼地になった。
 
このサミット湖は標高720mの大陸分水嶺である。これより左側は
北上してベーリング海に注ぎ、右側は南下して太平洋に注ぐという。

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この辺りの地形は、氷河期に形成されたカール地形と思われる 列車は最高速度時速91km(GPSによる実測)で、のんびり走る

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ハリケーン渓谷を渡る鉄橋で徐行してくれた
 
この鉄橋は、アラスカ鉄道の中で最も困難で費用も掛かった橋
高さ90m、長さ280m、1921年完成という

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ヘラジカ(ムース)の雌だろうか、
一瞬の出来事で、撮影できたのは一人だけ
 
水分の多い土壌のところでは
シラカバが筋状に生育している
Wild Celery
Angelica lucida、シシウドの仲間)とシダ類

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何せ、時速90kmの列車から撮影する足下の写真だからぶれてしまうが、
白いのはセリ科の植物、紫色はヤナギランのようだ。
これはスゲの仲間か
 

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列車のすれ違いは数度あった。結構頻繁に運行されている。
先頭車両の展望車に乗っているので、撮影にはまことに都合よい。
列車のトイレは、あまり綺麗ではない。JRの在来線の特急程度だ。
 

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4時間26分の走行でタルキートナ駅に到着 車掌ともお別れ

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美しいタルキートナ・アラスカン・ロッジに投宿 トナカイのシャンデリア、ロビーの暖炉も心和む



4日目
(7月10日)
 アラスカン・ロッジデナリ(マッキンリー山)遊覧飛行ハッチャーパス・ハイキングイン&スイーツ・アンカレッジ(泊)

今日は、待望のデナリ(マッキンリー山)遊覧飛行の日である。その後、パッチャー・パスの高山植物観察ハイキングと楽しい一日である。

4日目のGPS軌跡(全日) 4日目のGPS軌跡(デナリ遊覧飛行)
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1日のGPS軌跡を通常の真上から見た地図に落としたもの 高度22kmの上空から北西斜め下方を眺めた軌跡をシミュレートした

デナリ遊覧飛行

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デナリ遊覧飛行はタルキートナ・エアー・タクシーが運航
 
空港には沢山の小型機が待機している
 
各自自分の靴の上から
スノーブーツを履く

A
私が乗ったデ・ハビランド機とパイロット 小型機の方向舵のチェックをする地上整備員

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たまたま私の搭乗席はコパイ席。インスツルメント・パネルや
パイロットの操作が分る上に、視界抜群。
定員はパイロットを含めて8名
 

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氷河から流れる灰白色の川 細長い湖が並ぶ奇妙な地形

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大きく屈曲する氷河のかなたに、夢に見たデナリが・・・ モレーン(氷堆石)の堆積物に覆われた氷河湖

飛行方向にデナリ三山が見えた。
(右)デナリ6190m(デナリのお父さん)、(中央)ハンター山4442m(デナリの子供)、(左)フォーレイカ山5304m(デナリのお母さん)

望遠レンズでデナリ(6190m)を捉える。撮影地点の標高はGPSによると2482mだから、山頂の比高は3700mもある。

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「遊覧飛行」だから、周辺の山々に接近して見せてくれる

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濃いブルーの氷河湖 氷河上にできた無数のクレバス

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先行機の着陸地点のとなりに着陸 我々が乗ったデ・ハビランド機も無事着陸、ここは標高1720m

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褶曲を示す周りの地形 ハンター山(4442m)の鋭いピークが見える

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無事の着陸を祝してパイロットとツーショット 今回の旅で唯一の自画像

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氷河から離陸して帰路に。
サービスの積りだろうか、やけに周囲の山に近接して飛ぶ
蛇行する川
 

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巨大な断層崖であろうか。
GoogleEarthの機能を駆使して計測したところ、断層崖の比高は約120m
無事、タルキートナ空港に着陸
 

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ホテルに帰ると、ロビーからデナリの頂上付近がよく見えた ホテルで昼食。スープ、サーモンバーガー、フライドポテト



動画で見るデナリ遊覧飛行

A
タルキートナ空港を離陸し、デナリへ
画像をクリックすると動画をご覧になれます
デナリの近くの氷河の上に着陸
画像をクリックすると動画をご覧になれます



ハッチャーパス・ハイキング

デナリの遊覧飛行の午後、ハッチャー・パスのハイキングに行った。最高地点の標高は僅か1200mほどの高原であるが、流石高緯度の地だけあって、多くの高山植物にお目にかかれ、楽しい半日だった。

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ハッチャー・パスのサミットは何も見るものがなく、少し奥まで車で入り、ハイキングを開始する。

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小川を渡り、Gold Cord Lake Trailを歩く
ここには独立系の金鉱山があったが1951年に閉鎖され
廃墟となったが1974年に歴史公園となった。
Wild Geranium
Geranium erianthum、フウロソウ)
 

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Alaska Bellheather
Harrimanella stelleriana、ジムカデ)
Frigid Coltsfoot
Petasites frigidus、フキの仲間)
Roseroot
Sedum rosea、イワベンケイ)

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Narcissus-flowered Anemone
(Anemone narcissiflora、ハクサンイチゲ)
Valeriana fauriei Briq、カノコソウ) Selkirk's violet
Viola selkirkii、ミヤマスミレ)

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谷地坊主は、寒冷地で見られる構造土の一種
冬季に土壌の凍結により霜柱のように地面が持ち上がり、霜柱が融けた後も形状が維持され
マウンド形が残ると考えられる。凍結坊主、凍結マウンド、アースハンモックなどともいわれる
Salix hidewoiミヤマヤナギ
 
 

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高原の湿地
 
湿地で咲くのは、
キンバイソウの仲間か
Trollius hondoensis
キンバイソウの仲間

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Nagoonberry
(Rubus arcticus、チシマイチゴ)
Arctic Starflower
(Trientalis europaea 、ツマトリソウ)
Labrador Tea
Ledum palustre、イソツツジの仲間

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Glaucous Gentian
Genpiana Glaucaヨコヤマリンドウ
Pink Pyrola
Pyrola asarifolia、イチヤクソウの仲間)

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トレールの最高部にあるGold Cord Lake、カルデラ湖のように見えるが、廃坑でできたのかもしれない

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湖の周りの岩は花崗岩である。
花崗岩は火成岩の深成岩で、金鉱や火山とは整合する。
愛犬と共にハイキングする人



アンカレッジの街

ハッチャー・パスのハイキングから帰り、アンカレッジの町を散策し夕食を摂った。

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FIFTH AVENUE にある ”FIFTH AVENUE” という名のショッピングモール アンカレッジでは、しゃれた雰囲気の建物の1つ

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周りの建物を見るとモダンである。アラスカでは特異に見える。

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5th Ave と 6th Ave の間の E-St だったと思うが、ぶらぶら歩いていると、"THE THIRD VOYAGE"というモニュメントに出逢った。
ジェームズ・クック(一般にはキャプテン・クックとして知られている)の第3回航海でアラスカを探検したことを記念したものだ。
1776年~1779年のことである。これを機に、クックの航海の航跡を調べてみた。興味のあるお方はご覧ください。

 
ジェームズ・クックの航海
(キャプテン・クック)
第1回航海(1768年~1771年) ━━━
第2回航海(1772年~1775年) ━━━
第3回航海(1776年~1779年) ━━━  クック死後(1779年~17809年) ---

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"49TH STATE BREWING" という名の飲み屋で、夕食。
ラストベルト(Rust Belt)は最近よく耳にするが、これはまるで
"Rust Signboard" だなと思ったが、入ってみるとなかなか面白い。
「49番目の州」というブランドのビールを飲ませてくれる
 
ウイスキーも世界中のブランドを置いている。
白州、響、岩井、ニッカ、山崎など日本ブランドも・・・
 

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シーフードサラダ、エビのアンティチョークディップ、カリフラワーのフライ、オヒョウのタコス、キングクラブなどメニューは豊富だった。
残念ながら酔っぱらって写真を撮り忘れた。

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飲み屋の屋上からクック入江の向うにアラスカ山脈の山々が見えた。ときに夜10:30 夜遅く、"GESTHOUSE INN"に帰還



5日目
(7月11日)
 イン&スイーツ・アンカレッジアンカレッジ空港キングサーモン空港
       →
カトマイ国立公園(グリズリーベアの観察)イン&スイーツ・アンカレッジ(泊)

今日は、アンカレッジ空港からキングサーモン空港までジェットプロップ機で飛び、そこで、水上飛行機に乗り換え、カトマイ国立公園ブルックスキャンプに到着する。ここで、遡上するサーモンをグリズリーベアが捕獲するのを観察する。米国の野生動物に対する考え方の一端を知る機会である。

5日目のGPS軌跡

アンカレッジ空港からキングサーモン空港へ

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アンカレッジ空港からペン・エアーのKS200便、
SAAB2000の双発ターボプロップ機に乗る
 
ターボプロップ機といえば、2006年を最後に日本の空から消えた
YS-11を思い出す。同じターボプロップ機とはいえ、現在のものは、
高速巡航性能と低騒音性能にすぐれていて、昔日の感がある。

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上空からは、氷河に浸食された火山地形がみられた 1時間30分ほどの飛行時間で、キングサーモン空港に着く



キングサーモン空港から水上飛行機でカトマイ国立公園へ

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キングサーモン空港で水上飛行機に乗り換える 湿地帯の上を高度500mほどの低空を時速190kmほどで飛ぶ

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約30分の飛行で目的地の湖上に着水する 続々到着する便から、サーモンの釣り人が上陸する

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ここはカトマイ国立公園ブルックスキャンプ
 
ビジターセンターで、自然保護の考え方や
グリズリーベアに出会ったときの注意などをビデオで学ぶ。



カトマイ国立公園でグリズリーベアの観察

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サーモンが遡上するという川に出ると、釣り人が準備をしていた そこへグリズリーベアが現れた

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釣り人はすぐに岸に上がり、グリズリーベアが遠のくのを待つ 浮橋で繋がった川向うの観察台で見守る人達

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観察台の下を悠々と闊歩するグリズリーベア 展望台の上から浮橋と遡上する川が一望の下である

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浮橋の上から遡上するサーモンを撮影するが川面の反射で上手く写らない ちょうど水鳥の大家族が通過した

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食堂の前を悠々と歩くグリズリーベアの親子
 
食後だろうか、湖岸で木切れを口に遊ぶ仔クマ
望遠カメラで撮影

                    野生動物観察の注意点
野生動物たちの聖域に人間が入らせてもらうという意識が重要である。人間の居る場所でも野生動物が現れた場合は、野生動物優先である。すれ違った場合は動物に道を譲り、静かに待つ。グリズリーベアとの安全距離は400mともいうので、視界には入ったら道を譲らなければならない。誤っても動物に餌を与えてはならない。観察者が持っている食べ物は、すべて入口にあるフードコンテナに収納しておく。

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Arctic Starflower
(Trientalis europaea 、ツマトリソウ)

Ranunculus silerifolius、キツネのボタン?

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胡蝶蘭のように豪華な花であるが・・・
 
Dwarf Dogwood
(Cornus canadensis、ゴゼンタチバナ)

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母クマと3頭の仔クマ
通常熊は2頭の仔を生むというから、1頭は歳が違うのかもしれない
仔クマはほとんどサーモンを捕獲できず、母クマからもらうようだ
 

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1頭の仔クマは、2頭の仔クマと少し距離を取っているが、母クマは分け隔てしない。

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母クマは次々にサーモンを捕獲する 2頭はじゃれ合っている

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滝に向かって遡上するサーモンとそれを狙うグリズリーベアの雄

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滝を登る途中での捕獲は難しく、
多くは滝のぼりに失敗して落下したタイミングで捕獲するようである
母クマは、捕獲したサーモンを岸辺に運んでゆっくり食べる。内臓と皮
(皮下脂肪)を好んで食べるようで、我々が食べる赤身は食べない。

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グリズリーベアのサーモン捕獲の観察からの帰路 クマが遊んだ跡が道端にある

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突然、1頭のグリズリーベアに行く手を阻まれた
 
クマに道を譲り、人間の方は待避して、すれ違う
画像をクリックすると動画をご覧になれます

グリズリーベアの観察の後、水上飛行機・ターボプロップ機を乗り継いでアンカレッジ空港に戻り、
ホテルで遅い日本食の弁当夕食を食べた。就寝前の10:30に客室の窓から白夜ではないが
ピンクの空を飛ぶ航空機が見えた



6日目
(7月12日)
 イン&スイーツ・アンカレッジターナゲン・パスでフラワートレッキング
     →
キーナイ・フィヨルド国立公園(氷河クルーズ)イン&スイーツ・アンカレッジ(泊)

今日は、アンカレッジのホテルから南方のスワードまでバスで移動する。途中ターナゲン・パスで高山植物観察のハイキングをする。スワードはキーナイ・フィヨルド国立公園の入口の町である。そこからアラスカ湾に出て、氷河と海洋動物観察のクルーズを楽しむ。

6日目のGPS軌跡

ホテルからターナゲン・パスのフラワートレッキングヘ

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アンカレッジからクック湾を迂回し
1号線スワード・ハイウエイを通ってスワードに向かう
途中でアラスカ鉄道と並行に走る
 

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クック湾の最奥部に位置するエクスプローラ氷河の見える場所に立ち寄る 1号線に戻ってターナゲン・パスの駐車場に駐車、ここからハイキング開始

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Chocilate Lily  (Fritillaria camtschatcensisクロユリ
クロユリ(黒百合、学名: Fritillaria camtschatcensis
Sitka Burnet
Sanguisorba stipulata、タカネトウウチソウ)

クロユリは、ユリ科バイモ属の高山植物。日本の中部地方以北、千島列島、ロシア連邦のサハリン州、カムチャツカ半島、ウスリー地方、北アメリカ北西部に分布。本州では、東北地方の月山、飯豊山、中部地方に分布し、分布の西限地は白山である。私は最初に見た白山が忘れられない。戦国武将の佐々成政に側室の早百合姫の「黒百合伝説」がある。クロユリといえば、花言葉は「恋」「呪い」。昭和28年(1953年)には松竹映画「君の名は」の主題歌「黒百合の歌」が流行した。(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、歌唱:織井茂子)

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Arctic Lupine
Lupinus arcticusルピナスの仲間)
ルピナスのマメ

ルピナスは、マメ科ルピナス属。地中海沿岸地方と南北アメリカ、南アフリカなどに200種以上が分布している。暑さに弱く、暖地の気候にはあまり合わない。ルピナスという名前はラテン語でオオカミを意味するループスという言葉に由来する。牧野富太郎は、どんな土地でも育つたくましさがオオカミを連想させたという。塚本洋太郎は、ルピナスが大地を破壊すると畏怖されており、そこからオオカミが連想されてこの名が付いたと言っている。これに対して中村浩は語源は狼ではなく、ギリシア語で悲哀を意味するルーペであると推定する。ルピナスの豆は苦く、噛んだ人が苦虫を噛み潰したような表情になることが、その根拠であるという。

ニュージーランドでよく見かけるが、ニュージーランドのルピナスはもともとニュージーランド原産ではなく、アメリカ大陸の植物で、これが品種改良されてヨーロッパでもてはやされ、ヨーロッパからの移民がニュージーランドに種を持ち込んだのが最初とされる。今では侵略的な外来種として嫌われている。一方、アイスランドでは溶岩流の上の植生がなかなか回復せず、これを早めるためにニュージーランドからルピナスが移植され、流土防止効果が期待されている

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Wild Geranium
Geranium erianthum、フウロソウ)
Arctic Starflower
(Trientalis europaea 、ツマトリソウ)
Northern Indian Paintbrush
Castilleja hyperborea 、インデアン・ペイントブラッシ)

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Black-tipped Groundsel
Senecio lugens、キオンの仲間)

 
Wild Celery
Angelica lucida、シシウドの仲間)

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Coastal Fleabane
Erigeron peregrimus、ムカシヨモギの仲間)

(Taraxacum 、タンポポの仲間)

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ハハコグサの仲間だろうか、
日本では見たことがない
バイケイソウ?
 
ハクサンイチゲの紅葉?
 



キーナイ・フィヨルド国立公園で氷河クルーズ

キーナイ・フィヨルド国立公園の入口の町であるスワードで、バスからクルーザーに乗り換え、アラスカ湾に出て、氷河と海洋動物を観察した。

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スワードの港には、1964年のアラスカ大地震の慰霊碑がある。この時、スワードは火事と津波により町の9割を失った。

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可愛いクルーザーで、太平洋に面するアラスカ湾に出る 船長の英語の案内は、添乗員の井手さんが同時通訳してくれるので助かる

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出港してすぐ、ラッコに出逢った ベアー氷河

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異様な山形はどのようにしてできたのだろうか 花崗岩の山のようである

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船長が双眼鏡で凝視している シャチの群だ

今度は船のすぐ脇にクジラが現れた

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トドの群れ、みんな昼寝をしているように見えるが、1頭だけ首をもたげている

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海鳥の名は? 海鳥の名は?
クルーズ船から眺めるアイアリク氷河をお楽しみ下さい

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小崩落もありました


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帰路の途中、海中が白く濁った。クジラが潜っているという。 すれ違うクルーザー 望遠で捉えたパフィン

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スワードの港に戻る。洒落たギフトショップ Ray’s Water Front で夕食

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ビールで乾杯 グリルド・サーモン

動画で見るキーナイフィヨルド国立公園

トドたち、揺れる船から望遠で失礼します
画像をクリックすると動画をご覧になれます
海へ崩落するアイアリック氷河
画像をクリックすると動画をご覧になれます



7日目
(7月13日)
 イン&スイーツ・アンカレッジアンカレッジ空港シアトル空港機中泊

アンカレッジ空港を、6:00のデルタ航空DL1206便(ボーイング737機)で出発。 シアトル空港で12:52発のデルタ航空DL167便(ボーイング767機)に乗り換える。



8日目
(7月14日)
 成田空港(着)

機内泊の後、成田空港に15:35に帰着。アメリカの大自然の一端に触れる楽しい旅でした。



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