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海外の歴史と文化 (一覧表)
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番号 タ イ ト ル 写 真 更新日
B58  北京と天津 --- 静園、天津旧租界地、清東稜、頤和園、盧溝橋、故宮博物院、
           
天壇公園、明十三陵、八達嶺長城、京劇鑑賞雑技鑑賞
17-12-8
人口世界一、GDP世界2位、3000年の歴史を有する中国の首都・北京を訪ねることに、ちょっとした躊躇があった。過去の日中戦争や現在の発展した中国を見ることへの抵抗である。しかし、現実から目を逸らしてはいけないと意を決して出かけることにした。明代の皇帝陵・明十三稜、清代の皇帝陵・清東陵、明・清代の旧王宮・故宮博物院、八達嶺長城などを訪ね、有意義な旅であった。(2017年10月)
B57  アラスカ --- マッキンリー山遊覧飛行、アラスカ鉄道、クマのサケ捕獲観察、
         氷河クルーズ、各地でフラワートレッキング
17- 9-18
世界にはぜひ訪ねたい歴史景観や、まだ見ない自然景観が、数多くある。私にとってその1つがアラスカである。19世紀に帝政ロシアからアメリカが僅か720万ドル で買い 取った後に、金や石油が発見されたという意外性。北アメリカ最高峰マッキンリー山に世界初の冬季単独登頂に成功した後、消息を絶った植村直己のことが日本人には忘れがたい(2017年7月)
B56  台湾 --- 高雄、月世界、阿里山、地震教育園、石岡ダム、台北、タロコ峡谷 16- 6-30
台湾自然史の旅に、山好きの地学勉強会の仲間と出かけた。台湾は、日本の九州ほどの広さしかないが、地質学的には興味深い島である。それは台湾島がユーラシアプレートとフィリピン海プレートの衝突で生まれた島であるからだ。かつて阿里山の紅檜は大量に伐採され靖国神社の神門などに使われた。台湾は日本と同様地震国である。921地震の跡地は地震園として保存されている。(2016年6月)
B55  インド(1)--- ムンバイ、オーランガバード、エローラ・アジャンタの石窟寺院 16- 5-20
インドほど興味の尽きない国はない。タージ・マハル、エローラの石窟群、ガンジス川の沐浴、ヒンドゥー寺院、仏教遺跡などの観光地のほか、インダス文明、カースト制度、ヒンドゥー教、イギリスの支配とガンディーの無抵抗主義、世界第2の人口、世界で6番目の核保有国、アジアで最初の火星周回探査機など、枚挙にいとまがない。貧民窟と隣り合わせの技術大国には目を離せない。    (2016年5月)
B54  インド(2)----カジュラホの寺院、ガンジス川、アグラ、タージ・マハル、デリー 16- 5-20
今回のインドの旅で深く印象に残ったものの1つは、ガンジス川で行われる「夜のプージャー(礼拝)」と「早朝の沐浴」である。ヒンドゥーの信仰によれば、ガンジス川の聖なる水で沐浴すればすべての罪は清められ、ここで死んで遺灰がガンジス川に流されれば輪廻からの解脱が得られるという。日本における日常生活から全く離れた世界に過ごした13日間であった。(2016年5月)
B53  イラン(1)--- テヘラン、ケルマーンシャー、タブリーズ、カスピ海、アフヴァーズ 15- 7-16
イランは西アジアと呼ばれる地域に属し、北はカスピ海に南はペルシア湾に臨み、西はトルコとイラクに接し、東はトルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタンに接する。イランには、前6世紀にはアケメネス朝ペルシアが興りペルセポリスが造営された。前4世紀にはアレクサンドロス大王の軍が侵入しギリシア文明が入ってきた。7世紀にはイスラム教が入り現在に至るまでイスラム国である。 (2015年7月)
B52  イラン(2)----シーラーズ、ペルセポリス、ヤズド、エスファハーン、マシュハド 15- 7-16
イラン(2)ではイランの歴史的核心部ともいえるペルセポリス、エスファハーン、マシュハドなどを訪ねる。(1)と(2)で合計11の世界遺産を訪問するが、単なる観光旅行記ではなく、歴史的背景、ゾロアスター教やイスラム教等の宗教問題、イラン・イラク戦争の経緯など、中東・西アジアの問題点も探ってみたい。  (2015年7月)
B51  中央アジア(1)----キルギス、カザフスタン、ウズベキスタン(前半) 14- 8-30
中央アジアといえば、日本人にはちょっと馴染みの薄い国々ではないだろうか。でも、アレクサンドロス大王の遠征軍が到達したところ、前漢の武帝が汗血馬を求めて張騫を派遣した国、玄奘三蔵が仏典を求めてインドに行く途中で通過したところ、シルクロードの中継点、とりわけ 『青の都』、『イスラム世界の宝石』 など、多くの異名を持つサマルカンド・・・ などが、断片的に頭に浮かぶ。 (2014年8月)
B50  中央アジア(2)----トルクメニスタン、ウズベキスタン(後半) 14- 8-30
中央アジアはアレクサンドロス大帝の東征、モンゴル帝国のチンギス・ハーンの西征など東西の勢力の侵入が絶えなかった。その中にあってシルクロードとしての文化と生活が営々と続けられてきた。そのような点が中央アジアの魅力であろうか。近代に入るとロシア帝国の次にソ連の支配下に入る。こんな歴史を考えながら、モスクなどのイスラム建築の美しさに接しよう。  (2014年8月)
B49  オーストリア(1)----アイゼンシュタット、ハイリゲンブルート、インスブルック 13-12-24
ヨーロッパの中心をなす国の1つで、まだ訪れていない国があった。オーストリアである。かつてのオーストリアは中欧に650年間ハプスブルク家の帝国として君臨し、第一次世界大戦まではイギリス、ドイツ、フランス、ロシアと並ぶ欧州五大列強の一角を占めていた。第一次世界大戦と第二次世界大戦の敗戦後、永世中立国宣言を行い、オーストリア共和国となった(2013年10月)
B48  オーストリア(2)----アルプバッハ、ハルシュタット、ザルツブルク、ウィーン 13-12-24
オーストリアといえば、どんなことを想起されますか。音楽好きな人ならモーツァルトの生まれたザルツッブルク、音楽の都ウィーンを、山やスキーが好きな人なら牧歌的なチロルの風景やスキー術を、歴史好きの人ならハプスブルク家の歴史、オーストリア=ハンガリー帝国、2度の世界大戦の敗戦など・・・  オーストリアの旅は、正に自然と人間、歴史と文化の旅であった。 (2013年10月)
B47  バルト三国とロシア(1)----バルト三国(リトアニア、ラトヴィア、エストニア) 13- 8- 4
バルト三国はロシアの西側のバルト海を望む位置にある。ソ連からの独立を回復するため、数百kmにわたる「人間の鎖」で意志表示したことがあった。第二次大戦中に、リトアニアの領事館の杉原がナチスの迫害を逃れて来た難民達に外務省からの訓令に反して、大量のビザを発給し、大勢の難民を救ったという話は、何かで読んだことがあった。バルト三国はそのような歴史の国である。 (2013年8月)
B46  バルト三国とロシア(2)----ロシア(サンクトペテルブルク、黄金の環、モスクワ) 13- 8- 4
帝政ロシアといえば、ロマノフ王朝の栄華と農奴の悲惨さが「光と影」である。サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館は、その「光」の最たるものであろう。モスクワ北部に環状に連なる古都は、「黄金の環」と呼ばれている。いわば、ロシア版の奈良・京都である。首都モスクワの目玉は、何といっても「クレムリン」と「赤の広場」である。帝政時代と社会主義時代の歴史が凝縮されている。 (2013年8月)
B45  西オーストラリア(1)----ワイルドフラワー探索の旅 12-10- 5
高山植物に魅せられて、ヨーロッパアルプス、カナディアンロッキー、カムチャッカなどを訪ねた私にとって、西オーストラリアのワイルドフラワーは正に垂涎の的である。リースフラワーを始め、エバーラスティング、ダンピエラ、バンクシア、幾種類ものオーキッド、アカシア、ユーカリなどを見ることができた。夜は南十字星とマゼラン星雲を観察し、野生のカンガルーに出会う幸運にも恵まれた。 (2012年9月)
B44  西オーストラリア(2)----ワイルドフラワー探索とストロマトライト観察の旅 12-10- 5
27億年前に光合成により地球上に酸素をもたらしたシアノバクテリアが長い年月をかけて作った岩がストロマトライトである。化石ではなく現生のものは世界でも珍しい。オーストラリアにはカンガルーやユーカリなど珍しい動植物が多い。この大陸は太古の昔に他の6大陸から切り離された結果、生物たちは独自の進化をしたからだ。美しいワイルドフラワーと共に地球の自然史を訪ねよう。   (2012年9月)
B43  パタゴニアとギアナ高地(1)----パタゴニアの旅 11- 4- 8
南米の南端パタゴニアと北端のギアナ高地は、自然の驚異を訪ねるには最高の地である。2回に分けて報告する。第1回のパタゴニアは、アルゼンチンとチリに跨る南緯40度以南の地方である。湖に崩落するペリト・モレノ氷河や、花崗岩の塔であるパイネの山々、ナンキョクブナが優占する植生、マゼラン海峡やビークル水道など探検史を彩る世界がある。    (2011年2月)
B42  パタゴニアとギアナ高地(2)----ギアナ高地の旅 11- 4- 8
ギアナ高地は、ベネズエラの東部、ガイアナとブルジルとの三国国境に近い奥地である。コナン・ドイルの小説 "The Lost World"(失われた世界)の舞台となった。標高2000mを越すテーブルマウンテンは20億年前の地層といわれ、世界一の落差979mを誇るエンジェルフォールがあることでも知られている。セスナ機で空からと、ボートによる川の遡行とでエンジェルフォールに接近する。   (2011年2月)
B41  マダガスカル(1)----サザンクロス街道にワオキツネザルを求めて 10-11-29
マダガスカル島は日本の総面積の1.6倍もある大きな島。2億5000万年前には、アフリカ、南米、インド、南極大陸と共にゴンドワナ大陸の一角をなしていた。1億6000万年前にアフリカを離れ、8000万年〜1億2000万年前にインドを離れ、孤立した島となった。これがマダガスカル島に固有種が多い理由であると考えられている。横跳びの名手ワオキツネザル等の特異な動物を見に行こう。  (2010年10月)
B40  マダガスカル(2)----サザンクロス街道からバオバブの並木道へ 10-11-29
マダガスカル共和国の1人当りの平均国民収入は日本の1/90に過ぎない。このように経済的には恵まれない国であるが、人々の表情は明るい。美しい海岸風景は心を癒してくれたし、ベタニア漁村の婦人たちの陽気さはまだ目に浮かぶ。バオバブの並木道の夕日は忘れられない。このホームページを通じて、自然の美しさと不思議さの一端をお伝えできれば幸いだと思う。  (2010年6月)
B39  米国西部国立公園(1)---イエローストーン、アーチーズ、モニュメントバレー 10- 8- 2
米国は国立公園発祥の国である。米国の国立公園は、「自然を保護すること」と「自然の恩恵を国民のために利用すること」を見事に両立させている。今回の旅では、自然の中で育まれた西部開拓魂の一端を垣間見ることができればと期待している。(1)では、世界最初の国立公園であるイエローストーン国立公園、国立公園ではないが西部劇の舞台モニュメントバレーを楽しみにしている。 (2010年6月)
B38  米国西部国立公園(2)----グランドキャニオン、デスバレー、ヨセミテ等 10- 8- 2
(1)でもそうだったが、米国の国立公園は景観の雄大さはいうまでもなく、さらに地質、動物、植物にも見るべきものが多い。特に、グランドキャニオン国立公園は20億年の地質を一望のもとに見渡せるという。ヨセミテ国立公園では、花崗岩の大ドーム、個性豊かな数多くの滝、氷河による浸食の跡、セコイヤの巨木の森などを見ることができる。楽しみが一杯の旅行である。 (2010年6月)
B37  ドイツ(1)----西部・南部ケルン、ボン、アーヘン、ハイデルベルク、黒い森、ミュンヘン) 09-11-18

ドイツは、日本人にはヨーロッパ諸国の中で特別の国のような気がする。明治維新には多くのドイツ人お雇い学者が来日し、日本の文明開化に貢献した。しかし、ドイツを日本人にとってファミリアにしたのは、何といっても第2次世界大戦の同盟国であったことであろう。旅の前半ではライン川クルーズ、ノイシュヴァンシュタイン城、ミュンヘンなどを訪ねる。 (2009年10月)

B36  ドイツ(2)----東部アウグスブルク、ローテンブルク、ニュルンベルク、ドレスデン、ベルリン 09-11-18
ドイツでは、多くの古城や中世都市を訪ねる楽しみがある。また、特徴ある都市として、宗教改革の地「アウグスブルク」、第2次世界大戦のナチス裁判の地「ニュルンベルク」、第2次世界大戦の空襲で一夜で廃墟となった「ドレスデン」、「日本の終戦が話し合われたポツダム会議の町「ポツダム」、東西対立の象徴であった「ベルリン」などを訪ねる。 (2009年10月)
B35  アイスランド(1)----地球の脈動を感じる旅(アイスランド南部) 09- 8-30
アイスランドは、バイキングが作った国、商業捕鯨をしている国、1986年に冷戦終結のきっかけとなるレーガンとゴルバチョフの米ソ首脳会談が首都レイキャビークで行われた国、最近では2008年に金融危機の激震に見舞われた国、といったところだろうか。私にとっては、地球の大陸と海を作っているプレートの生まれるところが海底に潜らなくても地上で見られる唯一の国である。 (2009年7月)
B34  アイスランド(2)----地球の脈動を感じる旅(アイスランド中北部) 09- 8-30
後半のアイスランドの旅(2)は、名物の野外温泉に入り、数々の滝を眺め、思いがけずマリモに出会い、地熱発電所に目を見張り、フィヨルドに停泊する豪華客船に羨望し、首都レイキャビークが果たした歴史の1コマに感動するなど、楽しい旅である。 所により、地学的解説があるかもしれないが、ご容赦願いたい。 (2009年7月)
B33  フランス(1)----ニース、マルセイユ、アルルアビニョン、ボルドー、ロワール古城巡りなど 08-12- 3
歴史の流れに沿って海外旅行をしてきた私にとって、産業革命のイギリスの次は、フランス革命のフランスということになる。 イギリスが産業革命を果たし立憲君主制に移行している頃、フランスではベルサイユ宮殿に絶対王制の華が咲いていた。 やがて民衆の怒りが爆発し、フランス革命が勃発した。 フランス(1)は、南仏と中仏の旅である。 (2008年10月)
B32  フランス(2)----モン・サン・ミッシェル、ベルサイユ、パリなど 08-12- 3
フランス旅行にはいろいろな楽しみがある。 フランス料理、ワイン、コニャック、シャンパン---  キリスト教の聖堂は建築史的に見て興味深い。 ベルサイユ宮殿は一体どれほどのものだろうか、興味が湧く。 パリには 世界有数の美術館がいくつもあるのが嬉しい。 名画をたくさん鑑賞したい。 フランス革命ゆかりのバスティーユにも立ち寄ってみたい。 (2008年10月)
B31  英国(1)----スコットランドの旅 09- 1-25
英国は、1588年にスペイン無敵艦隊を破り、国際社会に躍り出た。 17世紀には、経済力を持ったブルジョワジーの誕生が、「権利の請願」、「ピューリタン革命」、「名誉革命」などを通じて、議会制政治へと移行させた。 18世紀中頃には、ワットの蒸気機関に代表される産業革命が起こり、ヨーロッパ諸国に先駆けて近代国家への道を歩んだ。 政治と科学技術の跡を訪ねたい。 (2008年6月)
B30  英国(2)----イングランドの旅 09- 1-25
英国(1)はスコットランド、英国(2)はイングランドの旅である。 今回は、スコットランドとイングランドのみで、ウェールズと北アイルランドは含まれていないことをお断りする。 スコットランドとイングランドを旅行してみて、これほど風土・文化の異なる地方が一国を作っていることに驚いた。 (2008年6月)
B29  中国青海省とチベット(1)----青海省、青蔵鉄道、ラサ 08- 7-29  
中国青海省西寧を振り出しに、青海湖・チャカ塩湖などを見学しつつゴムルドに着く。 ここから2006年に全線営業運転を開始した青海チベット鉄道に乗車して、車窓からチベットの自然景観を眺めながらチベット自治区のラサへ。 ラサではダライ・ラマの居城であるポタラ宮へ。 これが旅の前半である。 (2007年9月)
B28  中国青海省とチベット(2)----エベレスト展望、カトマンズ 08- 7-29
ラサでポタラ宮を見学した後、明治の仏教学者・探検家の河口慧海も学んだというセラ寺などを訪ねた。 ここから四輪駆動車でチベットの文化遺産・自然遺産を見学しながら、ロンボク村(5010m)へ。 エベレストをはじめ8000m峰を5座も展望し、国境を越えてカトマンズに抜ける感動の旅でした。 (2007年9月)
B27  すばる天文台とハワイ4島(1)----マウイ島訪問・ハワイ島の天文台 07-12-28
かねてから、「ハワイの火山」と「すばる望遠鏡」を見学したいと願っていたが、その機会が訪れた。 日本山岳会の「山の自然学研究会」の仲間のFさんとSさんの骨折りで実現した。 ハワイの火山は、大陸移動や日本列島の誕生を説明するプレートテクトニクス理論の体感の場である。 (2007年11月)  
B26  すばる天文台とハワイ4島(2)----カウアイ島・オアフ島でトレッキング 07-12-28
ハワイ島には4つの大きな島がある。 北西から順に、カウアイ島、オアフ島、マウイ島、ハワイ島である。 カウアイ島は誕生が最も古く、したがって植生が古く、大地の侵食も進んでいる。 ハワイ島は最も新しく現在も火山が噴火している。 それぞれの島の特徴を観察しながらトレッキングする。 (2007年11月) 
B25  南米4ヵ国の旅(1)----クスコ、ナスカ、マチュピチュなど 07- 5-15
南米には、アマゾンなどの大自然、ナスカ・マチュピチュなどの歴史的文化遺産、さらに最近は、工業国として発展しているブラジルの姿がある。これらをみんな見ようというよく深いツアーである。第1編では、リマ、クスコ、ナスカ、マチュピチュなどの文化遺産を訪ねる。   (2007年3〜4月)
B24  南米4ヵ国の旅(2)----チチカカ湖、ブエノス・アイレスなど 07- 5-15
第2編では、ペルーのチチカカ湖からボリビアに入り、アルゼンチンのブエノス・アイレスまで行く。その間いくつかのプレインカやインカの遺跡を訪ねる。ブエノス・アイレスは、入植者が母国への憧れを具象化した都市ともいえる。ここでは、タンゴ・ショーを楽しむ。         (2007年3〜4月)
B23  南米4ヵ国の旅(3)----イグアス、マナウス、リオ・デ・・ジャネイロなど 07- 5-15
第3編では、世界一のイグアスの滝と、これまた世界一のイタイプーの水力発電所を見学し、マナウスのアマゾン・クルーズで大自然を満喫する。リオデジャネイロではサンバ・ショーを楽しみ、サッカーのマラカナン・スタジアムを見学する。南米旅行の最終編である。     (2007年3〜4月)
B22  中国シルクロード(1)----西安、敦煌、陽関、玉門関など 06-11-20
募集するツアーの多くは西安から敦煌、トルファン、ウルムチまでである。西安からローマまでは無理としても、せめてイスタンブールまで行きたいと思うが、かつては時間が取れず、いまは体力が持たない。今回は、シルクロードの中国内最西端のカシュガルまで行くことにした。 (2006年9月)
B21  中国シルクロード(2)----ウルムチ、ホータン、カシュガルなど 06-11-20
陽関・玉門関に続いて、新疆ウイグル自治区の区都ウルムチから、タクラマカン砂漠と崑崙(コンロン)山脈に挟まれたところにあるオアシス都市ホータン、タジキスタンやアフガニスタンに近い中国最西端の町カシュガルに至る、シルクロード天山南路の旅である。 (2006年9月)
B20  中国シルクロード(3)----カラクリ湖、南疆鉄道、トルファンなど 06-11-20
前編の西安、敦煌、陽関、玉門関、ウルムチ、ホータンに続いて、中国最西端の7000m峰を望むカラクリ湖、カシュガルからトルファンまでの南疆鉄道、トルファンの遺跡、西遊記で有名な火焔山などを巡り、西安に戻る「中国シルクロードの旅」の最終編である。 (2006年9月)
B19  ポルトガル(1)----ポルト、コインブラなどポルトガル北部 04- 5- 2
ユーラシア大陸の西端の国ポルトガルと、同じユーラシア大陸の東端の小さな島国日本は、なぜか縁の浅からぬ関係であった。種子島への鉄砲伝来、宣教師フランシスコ・ザビエルの来航、天正遣欧少年使節の派遣など。まずポルトワインの産地ポルトから始めよう。 (2003年11月)
B18  ポルトガル(2)----リスボン、エボラなどポルトガル南部 04- 5- 2
11月はポルトガルでは雨季の始まりだが、南下するに従い澄み切った青空になってきた。南部はイスラムの影響を強く残す一方、大航海時代の歴史を刻む町も見られる。天正遣欧少年使節ゆかりの教会、ユーラシア大陸西端のロカ岬、首都リスボンなど見所は多い。 (2003年11月)
B17  韓国南部の古代遺跡(1)----全羅南道・全羅北道南部 03- 11- 7
韓国と我国のつながりは古代から深かった。中国の文物は韓国を通じて日本に伝来したし、日本からも前方後円墳・埴輪などの文化を発信した。古代史に興味を持つ私は、かねてより韓国の古代遺跡を見学したいと思っていたが、幸運にもその機会が訪れた。 (2003年10月)
B16  韓国南部の古代遺跡(2)----慶尚南道・慶尚北道南部 03- 11- 7
韓国の全羅南道には、日本が起源と考えられる「前方後円墳」が、幾つか見つかっている。一方、古代の慶尚南道には加耶諸国があって、日本は鉄を買い付けていた。ここから、北方騎馬民族の馬冑(戦闘用の馬の頭部を守る冑)が日本に伝えられたのも興味深い。 (2003年10月)
B15  スペイン(1)----中央部・マドリッド 03- 6-11
スペインといえば、カルメン、フラメンコ、闘牛、ドン・キホーテ、などを思い浮かべる。美術好きの人なら、プラド美術館、ゴヤ、エル・グレコ、ピカソなどを、歴史好きの人なら、コロンブス、無敵艦隊、近くはフランコ独裁政権などが記憶にあるだろう。さあ、情熱の国スペインへ (2003年4月)
B14  スペイン(2)----地中海側・バルセロナ 03- 6-11
スペインの旅の後半は、「銀の道」 を南下してアンダルシア地方に入る。この地方には、セビーヤ、コルドバ、グラナダといったイスラム時代を色濃く残す町がある。さらに、イベリア半島の南端には、アフリカが見えるイギリス領のジブラルタルがある。最後は、バルセロナへ。 (2003年4月)
B13  西部トルコ(1)----イスタンブール 02- 7-10
西洋の歴史を時代順に訪ねる私の旅は、エジプト、ギリシア、イタリアを終わり、トルコの番となった。トルコの歴史を調べて驚いた。トルコ1国を訪ねれば、他の東地中海の国々をすべて訪ねるほどの遺跡を見ることが出来るではないか。先ずはイスタンブールを見学しよう。 (2002年5月)
B12  西部トルコ(2)----エーゲ海・地中海沿岸 02- 7-10
日本の国土の2倍も広いトルコの中で、エーゲ海・地中海沿岸の都市は、古くはギリシア文化圏にあり、その後ローマ帝国の版図に入った。ギリシア以上にギリシア的、ローマ以上にローマ的な色彩の遺跡もあり、文明の高さとともに驚かされる。 (2002年5月)
B11  西部トルコ(3)----中部アナトリア 02- 7-10
中部アナトリアには、カッパドキアのように自然が造る驚異の景観や、人類最初の鉄を生み出したヒッタイト帝国の遺跡などがあり、イスタンブールやエーゲ海・地中海沿岸と一味違う興味深い地域である。 (2002年5月)
B10  北イタリア----中世とルネッサンスに栄えた都市国家群 01- 7- 7
ミラノからローマまで(ローマを含まず)を北イタリアとしよう。北イタリアの都市は極めて個性的である。近代ファッションの都市ミラノ、旅情の水上都市ヴェネツィア、中世そのままのアッシジ、ルネッサンスの華開いたフィレンツェなどである。 (2001年3月〜4月)
B9  ローマ----古代から現代に生きる永遠の都 01- 7- 7
ローマは時代的に重層的で、古代の遺跡の上に中世の教会が、その隣に近代の歴史的記念物があるという風である。そこで、市内に散在する広場を目印に、古代ローマの遺跡、バチカン、アッピア街道などを地図を片手に歩いた。 (2001年4月)
B8  南イタリア----北イタリアと違うもう1つのイタリア 01- 7- 7
南イタリアは「太陽がいっぱい」だが、貧しい国というイメージが強いが、ローマ時代の遺跡ポンペイ、高級リゾートのカプリ、ユネスコ文化遺産にもなっているトンガリ帽子の家など個性的な町が多い。 北イタリアと違うもう1つのイタリアを発見した。 (2001年4月〜5月)
B7  シチリア----幾多の民族の文化が香る地中海の十字路 01- 7- 7
シチリア島は、古くはギリシアの植民地であり、その後、ローマ、ビザンチン帝国、アラブ、ノルマンなどの支配を受け、1861年にイタリア王国の一部となった。「地中海の十字路」といわれる通り幾多の民族の文化がミックスされた独特の文化をもつ。 (2001年5月) 
B6  マルタ----ヨハネ騎士団によって築かれた城塞都市 01- 7- 7
マルタ共和国は沖縄の西表島より僅かに大きい島である。キリスト教徒の聖地エルサレム巡礼の保護を目的に十字軍が作られ、この遠征を支えたのが騎士団である。1530年にマルタに聖ヨハネ騎士団(後のマルタ騎士団)の本拠地が置かれた。 (2001年5月)
B5  フィンランド----オーロラと北極圏の生活を訪ねる 01- 3-19
北欧といえば、福祉先進国、ヴァイキングの末裔、白夜とオーロラ、ノルディック・スキーなどが心に浮ぶ。フィンランドの極北の地ラップランドでオーロラ観察、トナカイサファリ、クロスカントリスキーなどを楽しんだ後、首都ヘルシンキを訪ねた。 (2001年2月) 
B4  ノルウェー----現代スキーの父ノルハイムの生家を訪ねる 01- 3-19
今回のノルウェー旅行には特別の目的がある。テレマーク県モルゲダール村にある、私の愛好するテレマークスキーの発明者、ソンドレ・ノルハイムの生家とスキー博物館を訪問することである。現地のアンネ女史の尽力で無事成就した。 (2001年2月)
B3  ギリシア----西洋文明の源を訪ねる 00-11-12
ギリシアといえば、パルテノン神殿、ギリシア彫刻、アテネの民主主義、古代オリンピックなどを思い起こす。ルネッサンスは中世から古代ギリシシアへの回帰と言えるだろう。ギリシアは正に西洋文明の源である。 (2000年5月)
B2  エーゲ海----エーゲ文明と楽園の島 00-11-12
エーゲ海には古代ギリシア文明よりも古いエーゲ文明があった。クノッソス宮殿遺跡のあるクレタ島、謎の大陸アトランティス伝説のサントリーニ島、十字軍ゆかりのクレタ島など、夢のような4泊5日のエーゲ海クルーズを楽しんだ。 (2000年5月)
B1  エジプト----ナイルが育む5000年の歴史 00-10-18
エジプトには、ピラミッド、スフィンクス、王家の谷など見所が多い。ピラミッドは、何時、誰が、何のために作ったのか、専門家でない私には全くのミステリーである。百聞は一見に如かず、私の「歴史と文化の旅」は、先ずエジプトから始めることにした。(1999年10月)
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