長野県大鹿村の大断層「中央構造線」----山の自然学シリーズ(3) |
自然界には、どうしてこのようなものが出来たのだろうと不思議に思うものがある。こんな自然界の不思議をホームページで紹介する 山の自然学シリーズ の3回目は「中央構造線」である。 私が最初に中央構造線を知ったのは宇宙開発の仕事をしていた1972年。その頃NASAが打ち上げた地球資源探査衛星ERTS(後にランドサット1と改名)で撮影した日本の写真に、中央構造線が見事に写っているのを、米国の技術者から教えてもらったことである。 その後すっかり忘れていたが、最近孫と一緒に「糸魚川-静岡構造線」とフォッサマグナ・ミュージアムを見学し、俄かに中央構造線への関心が蘇った。折しも、日本山岳会の「山の自然学研究会」主催の 「長野県大鹿村の中央構造線露頭研修」 を知り、参加させて頂いた。これはその報告である。 (2003年11月) |
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ランドサット衛星から撮影した中央構造線 出典:IPA「教育用画像素材集サイト」 http://WWI.edu.ipa.go.jp/gz/ |
長野県大鹿村付近の中央構造線露頭の見学地図 |
中央構造線とは |
中央構造線博物館ホームページより |
7000万年ほど前に、すでにアジア大陸の東の端にできていた日本列島の大陸側半分に、南からやって来きた太平洋側の半分がくっ付いて、日本列島が完成した。その接合面が中央構造線である。 1450万年ほど前に日本海ができて、日本列島は 大陸から離れた。そのとき糸魚川・静岡構造線の東側が陥没した。ここをフォッサマグナという。 中央構造線を境に、日本海側を内帯、太平洋側を外帯と呼ぶ。 関東と九州では中央構造線は地表面に現れていないので、その位置は明確ではない。 |
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私が参加した「中央構造線とその地域の地学見学 の旅」は、次の4回である。 クリックするとそのページをご覧になれます 第1回 長野県 (現在ご覧の頁) (中央構造線と日本列島の誕生も説明) 第2回 愛知県・三重県 第3回 和歌山県 第4回 徳島県・愛媛県・高知県 |
中央構造線は全長1000kmを越える我国最大最長の構造線(大きな断層)である。中央構造線によって日本列島は内帯と外帯に分けられる。 内帯はジュラ紀以前に大陸の端に付け加わったもので付加体と呼ばれる。 内帯は丹波帯(所によっては、美濃帯、足尾帯ともいわれる)、高温低圧下で変成した領家帯などからなる。 一方、外帯は内帯よりも新しく、白亜紀以降に南の海で生まれ、プレートに乗ってやって来て、内帯の南側にくっついた付加体である。 外帯は、秩父帯、四万十帯、低温高圧圧下で変成した三波川帯などからなる。 |
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さあ、中央構造線が露出しているところ(露頭)を観察しよう。 |
溝 口 露 頭 |
長野県茅野市と静岡県浜松市を南北に結ぶ国道152号線沿いに、中央構造線の断面が地上に現れているところ、すなわち露頭が、いくつかある。我々はそのうちの3箇所を北から順に観察した。最初が長野県長谷村の溝口露頭である。ここは長野県長谷村の三峰川が美和湖に注ぐところである。 |
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中央構造線公園の入り口にある案内パネル | 公園のパネルの横の階段を美和湖畔へ降りる |
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溝口露頭の現場に立つ説明パネル 中央構造線の西側(左側)が内帯(領家帯)、 東側(右側)が外帯(三波川帯) |
溝口露頭 今、写真とパネルを見比べると多少分るが、 現地ではパネルの位置が悪く、見比べられない! |
北 川 露 頭 |
国道152号線をさらに南下して2番目に訪ねたのは長野県大鹿村の北川露頭である。ここは分杭峠を源とする鹿塩川の上流に当る。このように川沿いに露頭が見られるのは、中央構造線は断層であるからそれに沿って川ができやすいこと、川の浸食によって断層面が露出しやすいこと、によるのであろう。 |
北川露頭に立つ大きな詳しい説明パネル |
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説明パネル | 実際の風景 |
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雨に濡れた説明パネル 最新の断層面といっても数万年以内の活断層である。 断層粘土帯は、断層によって大地がずれ動くとき、その摩擦で岩石がつぶされ、それに水が加わってできたもの。 熱水変質脈は、熱水溶液と岩石の反応によって岩石が変質したもの。 |
実際の風景 左のパネルと比較すると、よく分る。 |
中央構造線博物館 |
北川露頭を見学している内に秋雨が激しくなってきた。急いで国道152号線をさらに南下して、大鹿村大河原にある村営中央構造線博物館にたどり着く。ここでは予めお願いしてあった研究者の河本さんにお会いし、館内を詳しく案内して頂いた。 |
中央構造線博物館を見学している内に雨も上がってきた |
博物館の大部屋の真ん中には大鹿村付近の地質構造模型、周囲には岩石標本 | 可動式の地質構造模型 |
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博物館のホームページからダウンロードした図 同じような図が博物館の説明パネルにもあるが、ホームページの方が、修正されていて正しいという。 |
博物館に展示された説明パネルより |
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博物館の裏庭に設置されたGPS*により、大鹿村の日本列島の中での相対的な移動が分るという。 | 博物館の表庭には、中央構造線の周辺の岩石が展示されている。1つ1つ説明を読みながら観察すると面白そうである。 |
博物館の庭に咲くフジアザミはフォッサマグナとその周辺の代表的な植物である |
*GPSは人工衛星からの電波を受信して地球上の位置を測定する全地球測位システム。 牡鹿村のGPSは、国土地理院の電子基準点の1つとなっている。 |
大鹿村の電子基準点から見た日本列島各地の1年間の移動量を矢印で表した図 日本列島の日本海側は東へ、太平洋側は西へ移動している。 これは列島が太平洋プレートとユーラシアプレートの間で、圧縮されていることを示している。 (画像は大鹿村中央構造線博物館提供) |
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安 康 露 頭 |
中央構造線博物館を見学してから我々は鹿塩温泉山景館に投宿し、会員による「フォッサマグナ要素植物群」に関するレクチャーを聞いた。その後、夕食の鹿肉などのご馳走に舌鼓を打つ。 翌日は快晴となった。国道152号線をさらに南下して、3番目の安康露頭を訪ねる。ここは青木川の開けた河原に露頭が展開しており、今回訪ねた露頭の中では一番観察しやすい。博物館で説明を伺った後だけに、内帯(領家帯)、外帯(三波川帯)、断層粘土帯、貫入岩脈などが何となく分ったような気分で嬉しい。 |
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安康露頭のパノラマ写真 下の説明図と比較して見ると、内帯(領家帯)と外帯(三波川帯)の間に、 いくつかの断層粘土帯と貫入岩脈があり、活断層とマグマの活動を髣髴させる |
安康露頭の構造 (大鹿村中央構造線博物館のホームページより) |
川の両岸に、対応する断層が現れ、断層が走っていることが納得される |
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近くにあった自生のグミの木 | 露頭の前で記念写真 |
鳥 倉 林 道 |
中央構造線の3つの露頭を観察した後、南アルプス三伏峠登山口豊口ルートである鳥倉林道へ向かった。途中に車止があったが、山仲間である我々は紅葉を愛でつつ、南アルプス(赤石山脈)の背骨にあたる岩層の見えるところまで、往復1時間余のハイキングを楽しんだ。 |
鳥倉林道はカラマツの黄葉の真っ盛り |
数百mの絶壁、屏風岩(秩父帯)が見える 南海のサンゴが堆積して出来た石灰岩が、太平洋のプレートに乗って北上し、1億年程前にアジア大陸の縁に付け加わったもの。 |
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南アルプス三伏峠登山口 |
人物と比べて下さい、この岩壁の高さ。この岩も外帯(秩父帯)だから、遠く南太平洋からプレートに乗ってやって来たのだろう。 |
長野県大鹿村周辺にある 溝口、北川、安康 の3つの露頭を見学し、日本列島の起源を見た思いがした。今後、全長1000kmの中央構造線に沿っていくつかの露頭を見たいという好奇心が湧く研修会であった。小生は、地質については全く無知であるので、これから勉強しなければ、と反省する旅でもあった。 大鹿村中央博物館学芸員の河本和朗氏には、見学後もいろいろ教えて頂きまして、有難うございました。 |
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